またくだらないエントリを書いてしまった(五右衛門ふうに)
『朗読者』読了。
映画よりは随分書き込まれていてミヒャエル・ベルク(マイケル・バーグ)の葛藤もよくわかる。
けれどやっぱりハンナの気持ちはまったく書かれていない。
その行動から気持ちを推測するしかない。
考えてみれば、
男視線になってることってよくある。
本や映画では男のほうがバリエーション多く、
いろんなタイプが描かれるのが多いのに対して、
女はあまりにもタイプが少ない。
男都合の女ばかりが描かれているように思う。
時折り篠田節子や桐野夏生が頑張って女性の造形をする。
すると変質的だったり暗かったり無能だったり、
そんな性質が目に付いてしまう。
いえ、それはそれでおもしろいんですけど。
そんなメディアに洗脳されているんだろうか。
男のほうがさまざまでおもしろい、と感じる。
それは憧れでもあり、
同化したいという夢想でもあるような気がする。
有能でありたい。
良い人間でありたい。
バランスの取れた人間で、
さらに常に理性を持ち合わせていたい。
・・・となると男が近道であるように思ってしまう。
ダメだね、
洗脳されてるね。
男の、とか女の、とかではなく、
自分の有能さ、特異性を発揮できるようになりたい。
さて、ここからが本題です。
エッチな妄想するとき、
アタシは男目線なんですよ。
わかりやすい例で申しますと、
「年貢のかたに娘をもらっていくぞ」
と年老いた両親を蹴倒して連れ去られた娘を差し出された悪代官がええではないかええではないかと娘の帯をぐるぐる剥ぎ取る場面でですね、
アタシは悪代官の側に立ってドキドキするわけです。
帯を剥ぎ取られる娘の側でドキドキはしないんです。
「する」立場で妄想します。
「される」立場では(あまり)妄想しません。
世の中の他の女性はどうなんでしょうか。
アンケートをとりたいぐらいですよ。
| 固定リンク
「恋愛」カテゴリの記事
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- ありがちなむずかしいお題です(2009.07.15)
- 突如「スリラー」を踊りだす(予定)(2009.07.11)
- またくだらないエントリを書いてしまった(五右衛門ふうに)(2009.07.07)
- 1Q84(2009.06.10)
- ただのダラダラした日記です(2009.05.24)

